|
続・暗闇と白い天井(1)
2月も終わりに近い寒い日の夜に代わる代わる看護婦さんが来てくれた。
「転院したらリハビリを積んで元気になるのよ」
彼女らのそんな声に僕は涙を流す。
救命救急センターから一般病棟に移ったときから僕のプライマリーナースとして受け持ってくれたTさん。いつも薩摩揚げを天ぷらだと言っていた九州出身のAちゃん。ちょっとでも時間が出来ると僕の病室に来てくれては、少しでも気を紛らわしてくれようとしてくれて、いつも明るい笑顔のKちゃん。僕の顔を見てはまつげが長い、可愛いと言ってからかっていたっけ。
この病院での最後の夜を過ごした。
**
みぞれまじりの冷たい雨の降る日、朝から慌ただしい。
脳に致命的ダメージを受けたにもかかわらず、奇跡的に回復した青年は「俺とお前は不死身族同士なんだから頑張ろうぜ」と声をかけてくれた。
夜勤の看護婦が帰りがけに声をかけて励ましてくれる。日勤の看護婦も代わる代わる声をかけてくれる。
PTが「シゲよぉー、お前がこの病院にいる間に、何とか車椅子に乗せてあげたかったんだけど、かなわなかったなぁ。それがとても心残りだ」って言う。
ありがとうね。ありがとう。あのとき言えなかったけど、未だにその言葉は覚えているよ。
民間の患者輸送車に若いドクターも同乗し、 僕はストレッチャーのまま車に乗り込む。車の天井を見ながら、細長い小さな窓から空を見ながら車はくねくね道を走っていく。
僕はリハビリ専門の病院へと転院した。
**
もちろん平面的な出来事ではないし、多元的なことなんだけど、思考のあちこちが歪み、 矛盾だらけの思考だったと思う。
リハビリ専門の病院への転院を考えなくてはならないとき、リハビリ病院の評判を聞き、 「もしかしたら」と可能性を考える。次の瞬間には「治らない」という医者の言葉が脳裏をよぎる。 友人の言葉に希望をいだき、落胆する。
奇跡を信じ、また落胆する。 「明日になればどこかが動くかも」そんな妄想ばかり。 その想いは裏切られる。
**
健常者の頃を考えもしなかった『死』『車椅子の生活』。
もちろん、『脊髄損傷』が何であるかなんて聞いたことないし、それによって歩けなくなる なんてことも聞いたことがなかった。『直腸破裂』の危険性も知りっこない。
健康状態と言えば、視力が悪いこととか、たまに風邪をひく。 そんなごくごく普通。普通どころかどっちかというと健康な部類の人間が、気付けばベッドの上で、ただ繰り返す 機械の音に囲まれて目が覚めたもんだから、何がなんだか分からないのも無理はない。
バイクに乗れない身体になって、はじめてバイクってそういうものだと思ったのは 事故に遭ってかなりしてからのこと。
注:推敲なしで書きかけのものを公開してます。書き足し、書き直しあるのでよろしく。
|